豊前の先人たち
奈良時代に律令国家が成立して以来、この地域は豊前国と呼ばれるようになります。現在そのエリアは福岡県の東部(北九州市の一部、田川市、田川郡、行橋市、豊前市、苅田町、みやこ町、築上町、上毛町、吉富町)と大分県北部(中津市、宇佐市)に当たります。
近世以降、この地域は多くの傑出した人材を輩出しました。その代表格は慶應義塾大学の創設者福沢諭吉(大分県中津市)でしょうか。ここではそうした人物の中から豊前市に関わる人たちを紹介します。
実業家
まず小今井乗桂、佐野晋、矢頭良一の名前をあげることができます。次いで宇島港を拠点に筑豊の石炭を関西に流通させた森本常太郎や宇島鉄道、豊州鉄道を活用し坑木業で名を挙げた大木熊太郎。さらに、九州鉄道、岩岳水電(株)で活躍した新貝芳三郎、九州煉瓦や築上製糸などの設立に参画し、豊前市の工業の発展に尽くした水野與一、住友銀行社長を務め、戦後の関西経済界復興に功績があった岡橋林など多くの人材が内外で活躍しました。
政治家
地域での功績は神﨑勲が傑出しています。また、昭和30年の豊前市誕生以来、切磋琢磨しながら市政の発展に尽くした水野薫、浦野浩の功績も高く評価されています。
教育者
その功績の大きさから恒遠醒窓、そして、地域での教育に尽力した人物として鬼木柳緑、廣澤應知が知られます。また、扇城高等学校(現;東九州龍谷高校)の創始者である梅高秀山も敬愛される教育者です。
公人
地域で活躍した人物では矢幡小太郎、杉生十右衛門、渡辺惣九郎、高橋庄蔵が挙げられます。一方、世界に眼を向けるとノモハン事件の収束に尽力した外交官、下村信貞がいます。
思想家・宗教者
それぞれの立場から福田行忍、真田増丸、友枝高彦、丸山敏雄の名が知られています。また、古くは宇佐郡出身で求菩提山中興の祖といわれる頼厳上人の名が挙げられます。さらに、独特の宗教観で多くの信者に慕われた小川獨笑がいます。
学者・郷土史
桑名伊之吉がその代表でしょうか。他に地理学会の重鎮であった田中啓爾やタービン技術の第一人者、内丸最一郎がいます。郷土史に目を向けると築上新聞を創刊するとともに、築上史談会を起こし、求菩提の価値を世に問うた大江俊明、宇島の歴史に長じた辛嶋並明、医者でありながら豊前山岳会を組織し、求菩提・犬ヶ岳の国定公園指定や求菩提山の保護に尽力した今吉政吉などが知られます。
文化人・芸術家・その他
戸早春村、下村非文、中野素昻、木部シゲノ、島田芳文、大河内傳次郎など幅広い分野でバラエティに富んだ名前が挙げられます。また、優れた仏師として近世初期に活躍した玄海、地域の彫刻家として多くの作品を残した楠本雲秀斎や、文人として、かの頼山陽や田能村竹田と親交があったという曾木墨荘、さらに戦時中優れた海軍パイロットとして特攻攻撃に疑問を呈し、跳飛爆撃という戦術を研究した岩本益臣など異色の人物もいます。そして戦前、豊前地域のジャーナリズムをリードした築上新聞の文化面を支えた岡山喜久郎の業績も見逃すことが出来ません。
人物名が太字のものはクリックすると詳細を見ることができます。
<参考文献>
- 築上郡史 豊前市教育振興会 1956年(昭和31年)
- 豊前人物史(復刊) 山崎有信 1973年(昭和48年)
- 豊前市史(下巻) 豊前市史編纂委員会 1991年(平成3年)
- 豊前市史(考古資料) 豊前市史編纂委員会 1993年(平成5年)