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戸早   春村(とはや   しゅんそん)【1837(天保8)~1905(明治38)】

◆医者・芸術家   ひたすらに文化を愛した医者

 

上毛郡塔田村(現;豊前市塔田)で代々庄屋を務める家に生まれ、若い頃から恒遠醒窓の蔵春園に学び、16歳で塾頭になるなどまさに恒遠門下の逸材でした。

その後、中津藩(現;大分県中津市)の名医、大江雲沢に医学を学び、1879年(明治12)には中津で開業し、その名声を高めたと言います。その一方で揮毫(書画を書くこと)と作詩に傾倒し、末松謙澄をはじめとした地域の文人・名士との親交を通してその評価は高まります。特に地域の漢詩壇に残した足跡は大きく、1898年(明治31)には扇城吟社を興しその振興に努めました。

医師として名声を得ながら、文人としての生き方に重きを置き清貧の生涯を送った“無官の儒医”と評される所以でもあります。地域の文化はこうした人々の日常の活動から醸成されるもので、決して意図的にまた一朝一夕に成せるものではないことを教えてくれます。

「宇島港之碑」(題字は戸早春村の書

「宇島港之碑」(題字は戸早春村)

 

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