【訃報】ジョージ・リョーイチ・アリヨシ元ハワイ州知事のご逝去について
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ハワイ州知事を3期務められ、本市の発展にも多大なるご寄与をいただきました、ジョージ・リョーイチ・アリヨシ氏(本市特別名誉市民)が、去る4月19日にご逝去されました。 |
追悼:ジョージ・リョーイチ・アリヨシ元ハワイ州知事
豊前とハワイ、そして日本とアメリカを繋いだ「感謝」と「誇り」の架け橋
2026年4月19日、全米初の日系人州知事として歴史に名を刻み、我が豊前市とハワイの交流に多大なる貢献をされたジョージ・リョーイチ・アリヨシ氏が、100歳という天寿を全うされ、静かに息を引き取られました。
アリヨシ氏のご両親は日本からの移民であり、父・良蔵氏はここ豊前市の出身です。自らのルーツを大切にし、常に「謙虚さ」と「感謝」を忘れることのなかった氏の精神は、ハワイと豊前の市民の心に深く刻まれています。
不世出のリーダー:全米初の日系人州知事として
1926年、ホノルルに生まれたアリヨシ氏は、第二次世界大戦後の日本で通訳兵として勤務した経験を持ちます。その後、法曹界を経て政治の道へ進み、1974年には全米初の日系人州知事に就任されました。12年間にわたる在任期間中、ハワイの多様性を尊重し、持続可能な発展の礎を築いたその功績は、アメリカにおける日系人の地位向上に計り知れない影響を与えました。
福岡・豊前との深い絆
アリヨシ氏は、父の故郷である福岡県を「心のふるさと」として愛し続けました。福岡県とハワイ州が姉妹友好提携を結ぶ際にも尽力され、長年にわたり両地の経済・文化交流の精神的支柱であり続けました。
特に豊前市とは、2016年頃からハワイ島との文化・教育交流において多大なるお力添えをいただきました。市役所ロビーの銅板に記されている通り、氏は多忙な公務の合間を縫って、次世代を担う子どもたちの国際感覚を養うために、温かいご指導を惜しみませんでした。
未来を拓く子どもたちへの遺産
何よりもアリヨシ氏が心を砕いたのは、豊前市の未来を担う子どもたちの成長でした。2015年の市制60周年記念式典での講演では、壇上から子どもたち一人ひとりの目を見て語りかけ、「夢を持ち、困難に立ち向かう勇気を持つこと」の尊さを説かれました。その眼差しには、遠い異国の地で成功を収めた先駆者として、故郷の若者たちに「世界は広く、君たちの可能性は無限である」と伝えたいという、深い慈愛が満ちていました。
アリヨシ氏の生誕100年を記念して作成された副読本は、単なる記録ではなく、氏の歩みを通じて、子どもたちに「自分自身の可能性を信じること」や「ルーツを大切にすること」を伝える、いわば人生の教科書です。この一冊を手に取った子どもたちは、アリヨシ氏の生き方に触れることで、豊前という故郷と世界が地続きであることを学び、広い視野を持って未来へ羽ばたく勇気を得ています。氏が遺された「あきらめない心」は、これからも豊前市の子どもたちの心の中で生き続け、未来を切り拓く大きな力となるはずです。
遺されたメッセージ:「おかげさまで」という心
アリヨシ氏は、公の場でもプライベートでも、日本語の「おかげさまで」という言葉を好んで口にされ、その精神を伝えようとされていました。
「今の自分があるのは、自分一人の力ではなく、家族や先人、そして周囲の支えがあったからこそ」
全米初の日系人州知事という偉業を成し遂げながらも、常に謙虚であり続けたその姿勢の根底には、この「おかげさまで」の精神がありました。豊前市を訪れた際にも、私たちに「感謝の気持ちを、決して忘れてはいけませんよ」と優しく語りかけてくださいました。その言葉は、単なるマナーとしての感謝ではなく、人と人とが支え合って生きることの尊さを教える、氏からの遺言のような温かさに満ちていました。
アリヨシ氏が教えてくださった「おかげさまで」の心。私たちは、氏が築いてくださったこの尊い交流の火を絶やすことなく、これからもハワイとの絆を深め、氏の志を次世代へと繋いでいくことを誓います。
偉大なる先駆者であり、豊前にルーツを持つ私たちの誇りであるジョージ・アリヨシ氏。その輝かしい功績に心からの敬意を表し、深く哀悼の意を捧げます。
"Okagesama de"We are who we are because of you.
Mahalo Nui Loa(本当にありがとうございました)
2026年4月22日
豊前市長 西元 健

