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里に伝わる神々の遊び

豊前市の岩戸神楽は現在六つの保存団体により伝承されています。その起源は古く中世の頃には既に成立していたと考えられますが、文献などでその内容が確認できるのは江戸時代以降です。
演目は俗に豊前岩戸神楽三十三番といわれますが、もともとはそれ以上の演目があります。内容としては祓いの舞を中心とした「式神楽」と、出雲神話を題材とした「奉納神楽」に大きく区分され、その特徴は出雲系の神楽を中心としながら伊勢系の「湯立神楽」を最大の特徴とし、さらにその「湯立神楽」は求菩提山で隆盛を誇った山岳修験文化の影響を強く残していると言えます。
その見所を示せば、式神楽の花神楽、笹神楽、弓正護、地割などは神楽本来の優雅な舞で、見る者を厳粛な雰囲気にさせてくれます。岩戸開きはオーソドックスな演目ですが、神々の力感あふれる舞は、私たちを古の世界へと誘うがごとく問いかけてきます。
出雲神話にもとづく駈仙(御先)神楽、大蛇退治や神迎え、アクロバット的な要素を持つ剣神楽、盆神楽なども楽しい演目です。
そして何と言っても圧巻は湯立神楽です。高さ10メートルにも及ぶ斎鉾と呼ばれる柱に登る鬼は見る者の度肝を抜き、その後に行われる火渡りは修験者の気迫そのままに私たちを圧倒します。
毎年九月から十二月を中心に市内50ヶ所余りの神社で奉納されます。

豊前市の岩戸神楽(岩屋神楽)

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豊前市内には六つの神楽団体がありますが、ここでは岩屋神楽講によってその芸能が伝承されています。
豊前市の岩戸神楽の歴史は古く、江戸時代にはその形態が出来ていたと考えられていて、現在のような里神楽として成立したのは明治時代以降のことです。内容的には神話を題材とした出雲系の演目を主体とし、祓いの舞をはじめとして駈仙神楽、大蛇退治、神迎、岩戸神楽などをみることができます。
中でも特徴的なのは修験文化の影響が見られる「湯立神楽」で、高さ10メートル余りの柱に登り御幣を切る所作や、勇壮な火渡りは、山伏の姿を彷彿とさせます。
毎年秋には、岩屋地区を中心に神楽の奉納を行い、その年の豊作を祝い五穀豊穣を祈る里の祭りとして人々に親しまれています。

 

 

福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字岩屋   大山祇神社


 

豊前市の岩戸神楽(山内神楽)

山内神楽の歴史は古く、中世の頃から神楽が伝えられているといわれます。記録に現れるのは江戸時代に嘯吹八幡神社の社家である初山家によって残されている資料で、神楽の演目や舞手の名前などその詳細を知ることが出来ます。
明治になり神楽は氏子に伝授されて、現代のような里神楽の形式を整えますが、山内では早くに神楽講が作られ、現代にその芸能が受け継がれています。
山内神楽と切り離せない祭礼に、清原神事と呼ばれる春祭りがあります。嘯吹八幡神社の浮宮である清原まで御神輿が巡行し、そのお立ちの時に舞われる「湯立神楽」は古式ゆかしいもので、豊前の岩戸神楽の真髄ともいえます。また、十月十三日の秋祭りにもたくさんの奉納神楽が舞われ、中でも「大蛇退治」に出てくる猿のユーモラスな仕草は、人々の笑いを誘います。
この他、周辺の神社でも神楽の奉納が盛んに行われ、秋の夜長に夜更けまで豊作を祝うお囃子の音が響きわたります。

 

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福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字山内   嘯吹八幡神社

豊前市の岩戸神楽(黒土神楽)

豊前の神楽を語るとき、石清水八幡神社で代々宮司を務めた矢幡家を抜きにその歴史を語ることは出来ません。矢幡家にはかつて詳しい記録が存在していましたが、惜しくも紛失しました。しかし江戸時代中期、長谷川家に伝えられた資料で、当時の演目、謂儀(神楽の時言う言葉)など詳細を知ることが出来ます。それによれば、当時神楽は矢幡家、初山家、長谷川家、清原家、高橋家を中心とした社家のみで奉納されており、謂儀などは当時と多くの共通点が見られます。神楽の演目は三五番が記されていますが、現在、すべてを伝承しているわけではありません。
黒土神楽の特徴の一つは洗練された「岩戸神楽」です。天照大御神が天石屋戸に篭られて、高天原は常夜となり困った神々は、天の安河原に集まり天照大御神を誘い出そうとする、出雲神話を題材とした代表的な演目です。
また、十月十八日(以前は十二月八日)に行われる石清水八幡神社の秋祭りでは、早朝から深夜にかけて奉納が行われ、そのクライマックスで演じられる「湯立神楽」は、天と地、五行の循環、とりわけ火と水のバランスを祈る壮大な神楽です。その中で軽業師の様な軽快な演技と、厳粛で緊張感あふれる火渡りの儀式が見どころです。

 

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福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字久路土   石清水八幡神社

豊前市の岩戸神楽(三毛門神楽)

江戸時代、このあたりの社家であった高橋家によって伝授されたのが、三毛門神楽と言われます。伝承される鬼面の一つには天保五年(1834)の銘が見られ、現存する豊前の神楽面の中では最も古い部類と言えます。
豊前の神楽では普通「岩戸開き」は三十三番の演目の最後に奉納されますが、ここでは式神楽の最後、七番目に舞われます。これは、かつては朝日が昇るのに合わせて岩戸を開くと言う、意味があったためといいます。
さらに刀の使い方も独特で、祝い事のある家々を廻る「神迎神楽」では、邇邇藝命のお供をする神々と猿田彦のせめぎ合いの最後に、鬼杖を刀で真っ二つに切る所作が見られます。また、「綱駈仙神楽」でも、蛇にたとえた大綱を刀で断ち切る場面があり、他の神楽には見られない特徴と言えます。いずれも迫力満点で、見るものの度肝を抜く演目です。
最近では「恵比寿神楽」という漁村ならではの新しい演目を加えるなど、古い伝統を守りつつ意欲的にその伝承にとりくんでいます。

 

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福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字三毛門   春日神社

豊前市の岩戸神楽(大村神楽)

大富神社の社家、清原家によって伝授されたのが大村神楽です。神楽はもともと神官によって古くから伝承されてきたもので、豊前の神楽も中世の頃には宮神楽として成立していたと考えられています。
大村神楽の特徴の一つとして、端正な式神楽があげられます。式神楽は浄め祓いを中心とした採り物神楽と、古代の冬至祭儀礼の系譜を引く岩戸神楽から成っています。神楽の古い形態である宮廷神楽の内容を受け継いだもので、伝統をよく残したものといえます。
社家神楽の時代には吉田神道系要素の神楽も伝えられ、さらに江戸時代後期になると出雲神話に歌舞伎の手法を取り入れた、芸能的要素の強い演目が加えられます。その中でも特に駈仙神楽は豊前の神楽の真髄とも言うべきもので、その勇壮な舞は見るものの目を引き付けます。その他、盆、剣、四人剣、手笹、本地割神楽など、多くの演目が継承されています。
大富神社では毎年、正月元旦の日付が変わるとともに「湯立神楽」が奉納されます。燃え盛る炎の中で演じられる幻想的な舞は、まさに新しい年の初めを祝うにふさわしいもので、豊前の夜神楽を代表する演目といえるでしょう。

 

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福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字大村   大富神社

豊前市の岩戸神楽(中村神楽)

中村神楽の起源は明確ではありませんが、伝承されている鬼面には古相を示すものが見られ、江戸時代には盛んに神楽が奉納されていたことが知られます。
その系譜には諸説ありますが、伝承される芸態は築城の赤幡神楽の影響が強いとも言われ、豊前の神楽の中では少し系統の違うものともいえます。
さて、現在のような里神楽の形態が整ったのは明治の十三年頃で、角田八幡神社の大宮司、角田紀博が氏子に伝授したものと言われています。また、昭和十六年には台湾でもその奉納を行ったことがあります。
今は、毎年角田八幡神社の秋の祭礼と、正月元旦に奉納が行われ、多くの人で賑わいます。
主な演目としては一番神楽、花神楽、地割、岩戸舞等の式神楽と、四ッ鬼、乱駈仙、神迎等の奉納神楽があり、中でも「神迎」は他とは違う特徴があります。
一時後継者難の時期もありましたが、昭和四八年には地元保存会が結成され、子供神楽を含め伝承への取り組みが行われています。

 

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福岡県指定文化財(無形民俗文化財)
平成11年3月21日   指定
豊前市大字中村   角田八幡神社