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今に伝わる庶民の信仰

古く日本人は自然崇拝という宗教観を持ち、自然の中に神が宿ると考えこれらを恐れ敬う習慣を持っていました。山には精霊が棲み、森で一番大きな巨木にその生命が宿ると考え、古来そうした木を崇め祀ることにより災いから逃れようとしました。
また、火や水にも神が棲み、その荒ぶる神々は人々に災難をもたらすものと恐れられていました。
こうした自然崇拝はその後変容をして日本の独特の宗教である神道となりますが、人々は神々の棲む場所を神聖な場所と考え大切にしてきました。そうした信仰心が自然を大切にする心を育て、全ての生命の源である山や水を守ってきたのではないでしょうか。
今、地球的な規模で自然環境の保全が叫ばれていますが、もともと日本人は自然とうまく付き合いそして共生を図ってきたのです。しかし近代になって経済優先の風潮が高まり、いつしか私たちはその大切さを忘れてしまったような気がします。もう一度原点に返り、先人たちの知恵に学びながら環境問題を考える時ではないでしょうか。山の神、水の神、火の神はまだまだ私たちを見捨ててはいないような気がします。まだ間に合うのですから。

千手観音堂の「乳の霊水」

ここには、かつて岩屋山泉水寺というお寺がありました。泉水寺の名は、岩洞窟の左右の岸壁から二条の流水湧水がほとばしることから名づけられたと言われます。
この水は霊水として古くから庶民信仰を広く集め、乳のでない人がこの水を汲んで飲むと乳がよく出ると言い伝えられています。そうしたことから御本尊である千手観音は、別名「乳の観音」といわれ、今も、毎日多くの人がこの霊水を汲みに来ます。

 

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豊前市指定天然記念物
昭和60年3月20日   指定
豊前市大字挟間   千手観音堂

水(すい)神社「冷泉」

樹齢820年ともいわれる大樟の下から湧出する冷水は、水量が極めて豊富で、1日の湧出量は約25万リットルとみられています。大干魃のときは川下の部落までの田を潤したと伝えられていて、冷水の温度は14度~16度に保たれています。
古代より人々は農耕の神霊を水に求め、水分神(みくまりのかみ)・水神が派生したとされます。水神は生活のための神と農耕神に区別され、ここ水神社は、水神の信仰の形態がよく保たれ今に至っています。昔は求菩提山の山伏や、近くの神官が禊ぎをするほかは聖なる水とされていましたが、明治30年代に畑村出身の神官、島田政平が禊ぎ場を露天の浴場に改造して一般に開放し、「畑の冷泉」として宣伝してから有名になりました。夏期には遠隔地からも多くの人が一時の涼を求めてこの冷泉を訪れます。

 

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豊前市指定天然記念物
昭和60年3月20日   指定
豊前市大字畑   水神社

畑のどんど焼き

どんど焼きは日本各地に残る火祭りで、もともと旧暦の小正月(一月十五日)に行なわれていた無病息災を祈る農村行事です。一般的には竹などを芯柱とし、松や杉を束ね塔のように積み上げますが、ここ畑地区では少し変わった形態を見ることが出来ます。
まず、竹と茅でおこもり小屋という建物を作り、ここで地域の人々が「おこもり」という神に対して身を清める行事をします。そして決められた期間(二週間ほど)を過ぎると、古いお札や、注連飾りとともに一気に火を放ち燃やしてしまうというものです。
昔はどこでも見られたお祭ですが、今では本当に少なくなりました。火の神に対してその感謝をささげる祭、それが「どんど焼き」です。

 

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豊前市指定無形民俗文化財
平成14年月日   指定
豊前市大字畑

 

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